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けーじ

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 旅をしていたら、たくさんの道を通過していく。ちょっと途中寄り道をしてみる。そうすると、っ!!となるようないつもと違った景色が広がっているかも知れない。

 アメリカを経て、日本へ帰国間近。

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経済学の視点から

2005.04.05 アメリカと日本 文化のちがい
僕は経済学部出身です。大学ではアメリカの経済と日本の経済を比較検討していました。ちょっと格好良すぎるいい方やな。自分なりにあれこれ考えていた、とでもいっておきましょうか。アメリカに来てからは、学んだことを体験として実感できます。日本とアメリカの経済について思うことを書いてみましょう。長くなりますので、経済に興味のある人はどうぞ読み進めてください。

経済で景気を考えるときには2つの対照的な見方があります。一つは「供給側」からの視点。もう一つは「需要側」から。

 供給側の経済の考え方は、「供給すれば必ずそれと等価値の需要が生まれ、供給分が過不足なく需要される」というものです。例えば、労働力などのサービス、車や電気製品などのものを提供したとしましょう。そうすれば、それをほしがるひとが、提供された分を過不足なく買う、という考えです。すなわち、生産が需要を決定するというものです。

 じゃ、物が売れないことはありえないの?という疑問がでてきますが、物が売れないなどの不況は、将来の収益見通しを誤った、無駄な投資が原因である、と考えます。ようするに無駄なお金をかけて、無駄に商品やサービスを提供していた、という感じです。

 その場合、対策として供給側の効率を上げて、生産能力を向上させる構造改革を主張します。例えば、コストを下げるために非効率な部分を整理して、効率を上げるリストラは、収益見通しの誤りによる無駄な投資を正す当然の措置なのです。

 そしてカットされた余剰人員はより高い効率のある部門に吸収されて有効に活用される、と考えます。もし失業者がいるとすれば、失業はその人に働く意志がないから起こると考えます。これはどちらかというとアメリカの経済に当てはまる考え方と僕は考えます。


 一方、需要側の考えでは、物が売れないのは「過剰な貯蓄」に起因し、需要不足が不況の原因であると考えます。物を生産しても、買いたい人がいなければ物は売れません。

 例えば、人々がお金を貯めたい、と思ったとすれば、物を生産しても消費に結びつかないわけです。原因は単に金持ちになりたい願望からの場合も考えれますし、将来への不安があって、今のうちに貯蓄しなくては、と思うかも知れません。そうして人々の貯蓄が増えて消費が減ると、企業側の利益が減って、企業は会社員を雇ったり、労働者に支払うお金が減り、また新しいサービスや製品への投資も減ってしまいます。サイクルはこんな感じ。モノが売れない→生産縮小→雇用減少=失業増加となります。これはどちらかというと日本の経済に当てはまると思います。

 さて、ごちゃごちゃと書きましたがアメリカにきて、どうしてアメリカが供給側で日本が需要側に近いかと思ったか。日本とアメリカの違いについて思ったこと。

 アメリカ…みんなお金をクレジットでバンバン使う。購買意欲が高い消費大国。あまり貯蓄しない。競争意識が高く、より快適な生活を目指す人も多い。だから消費が投資に結びつきやすい。設備投資する対象となる土地も広大にある。先のことは先に考える。企業の業績が悪くなると、突然のリストラも頻繁に起こる。労働者は、職を頻繁に変えるので(平均5回くらい)転職がスムーズ。リストラされても、その人にスキルややる気があれば、雇用される。労働意欲は日本に比べると高くないので、失業している人=働く意欲がないとも考えられる。貧民層も多いため、中古の製品や、安い製品も消費されていく。物の質が良くなく、壊れやすいものも多い。概して、生産が消費を決めている考え方が当てはまりやすいと考える。

 日本…多くの人々は将来のプランや不安のために貯蓄する。貯蓄割合はアメリカよりも断然高い。質が高く、安い製品があふれていて簡単に手に入るので、各家庭の生活平均水準が高い。必要なものが各家庭に大抵そろっている。ある程度で満足すると、ものを買う必要がない。物の質も高く、長持ちする。物やサービスの新規開発がはげしく、短い期間でサイクルを回して、消費を煽るが、それにも限界があるように見られる。また製品やサービスが必要以上に過剰になっている感もある。経済的には成熟した社会。貯蓄が多すぎるので、消費が投資に結びつきにくい。

 これは、国民性の違いでしょう。もちろん日本人でも消費好きな人もたくさんいますが、ここでは一般的多数に焦点をあてた時の違いについて書いています。ひとつおもしろい点が、日本は需要側の経済理論に当てはまるところが多いのですが、経済政策は「供給側」を支持している場合が多いのです。

 経済政策のことを論じると延々と長くなりすぎるので、それについて今回は控えます。しかし、日本の政治家達が「需要側」「供給側」の経済学をきちんと理解し、実際に存在する国民性の相違を把握するという、理論と実際のギャップを考え抜いた上で、バランスを考えた日本独自の解決策を打ち出しているかというと、そうではありません。アメリカの後を追って走っているような感じがします。

 日本とアメリカの持つ経済の質の違いについて思うところを書いてみました。文章に大分まとまりがなくなってしまいましたが、これを本格的に書こうとすると、論文みたいになっちゃいます。それほどいろいろな要因が入ってきてしまいますから。今日は経済学からの視点から書いてみました。
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