ロルフィング、セラピスト、それから。。。

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けーじ

Author:けーじ
 旅をしていたら、たくさんの道を通過していく。ちょっと途中寄り道をしてみる。そうすると、っ!!となるようないつもと違った景色が広がっているかも知れない。

 アメリカを経て、日本へ帰国間近。

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ブラジル、移民100周年

2008.01.20 ブラジル生活体験 
 1908年から最初に日本人がブラジルに渡ってきて今年で100年目になります。

 僕はブラジルに来る前に、日系人がブラジルにこんなにたくさん住んでいるとは思いもしませんでした。130万人以上の日系人がブラジルにはいると雑誌で読みました。

 サンパウロの中心付近にあるリベルダーヂという街には日本食店があり、日本の食品、お菓子、日用品などがほとんど手に入り、不自由しません。

 日本以外で日本語を話して不便のない街は、世界中でもアメリカ、ロサンゼルスのリトル東京と、ここリベルダーヂだけではないでしょうか。その2つを比べてもブラジルのコミュニティーの方がずっと大きいです。雑誌の100周年の特集で日系人の1世、2世、3世とたくさんの人たちの写真が載っていました。  先日友人に連れられて、熊本県の県人会パーティーに呼ばれて行ってきました。県人会というのは、日本のそれぞれの県がサンパウロに事務所とか、宿泊施設などを持っていて、その県出身の人達を中心に協会を作っています。

 例えば僕は今、香川県の県人会が持っている宿泊施設に滞在しています。県によって、規模も運営の仕方も違いますが、値段が安くて日本人の学生や旅行者に開かれている香川県人会のようなところもあるのです。

 そのパーティーは、会長さんの還暦を祝う催しだったのですが、僕にはめずらしい光景でした。小さな日本の社会を見ました。

 日本の文化をここブラジルで受け継いでいかれている姿はとてもすばらしいと思いました。そしてそうして活動されている方々がブラジルにいるということを知ることができたのは良い機会だったと思いました。

 そこにいる方は3世が多かったのですが、驚くことに日本語を話せる方が多い。日本に行ったことがなくても日本語を日本語のアクセントで話せる人達がいる。日本語の文化を受け継いでいます。20代の4世にもなると日本語を話せない若者も多かったけれど、文化は受け継いでいるようです。お寿司や焼きそばなど、日本の料理(ちょっと変わってるのもあったけど)をお腹いっぱい頂きました。ブラジルへ来て、違う角度から日本を知る良い体験でした。
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